【マインド】僕にとって人に歌を聴いてもらうことの意味【考え方】

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はい!Sahitoです。

僕にとっての歌を人に聴いてもらうことの意味についてお話したいと思います。

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小学時代

今でこそ歌うことが大好きな僕ですが、小学生の頃の音楽の授業は特に楽しみの対象ではありませんでした。
子供の頃ピアノを習っていましたが合唱で伴奏を担当する程の腕前でもなく、鍵盤ハーモニカも無表情で吹いていたと思います。

余談ですが、当時KinKi Kidsの堂本光一が主人公のサイボーグというドラマがやっていて、その中でSS波という何やら有害な音波(?)で殺人をする話がありました。
そこで僕は「くらえ、SS波だー!」と言ってピアニカで一番高い音をピーっと吹き続けていたら後ろの席の友達が急に貧血で倒れるという大変痛ましい事件が起きました。
当時は「マジでSS波が出ちまった。。」と思い、先生にも言えず一人で反省していた記憶があります。

また、僕の小学校の音楽の授業ではこれが原因で歌にトラウマを持つことになっても仕方がないような試験がありました。
クラスの皆の前で一人ずつアカペラで独唱させられるのです。

今の教育体制だとまず無さそうなこの試験、緊張しやすい僕も例外なく打ちのめされました。
恥ずかしくて喉が絞まって声が出ない。
永遠に続くような時間だったと思います。

この影響か、小学生の間は特に歌が好きにはなりませんでした。
(それでも完全なトラウマにはならずに済んで良かったです。)

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中学時代

中学生になり、手持ちの楽器はアルトリコーダーになりました。
アルトリコーダーでも吹き込み口のすぐ下にある穴を手で覆って力強く吹き込むと素晴らしいSS波が出せることを確認しました。

中学生の音楽では合唱のレベルが上がり、皆で歌っていて綺麗なハモリの良さなどに気付くようになっていました。

その頃GLAYにハマり、音楽を聴く機会が増えていきました。

当時特に好きだったWinter,againのイントロのハーモニーを再現したくて、弟にUh~♪(TERUパート)を強要してそれに合わせて僕がUh~♪(TAKUROパート)として入ると弟がつられて同じメロディーになってしまい喧嘩に発展するのを繰り返していました。

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高校時代

高校に入り”テニスの王子様”にハマっていた僕は硬式テニス部に入り、真っ黒になって練習していました。
顧問の物理の先生曰く、ツイストサーブを打ちたければ手首を使えとのことでした。
僕は手首を使い過ぎてテニス肘になりつつも、県大会一歩手前まで進む実力となりました。
(あと一回勝てれば県大会に出られる試合で見事に玉砕しました。)

この部活ともう一つの楽しみだったのが、学校帰りのカラオケでした。
始めは乗り気ではなかったのですが、初めての1回目が僕の中では劇的なものでした。

何の気なしに緊張しながら歌った僕の歌が周りの友達に褒められたんです。

そんなバカなと色々歌いましたが、いいね~と褒めてもらえてしまいました。
それまでこれと言って目立つ一芸を持っていなかった僕は、ホクホクした気持ちで家路につきました。

本格的に歌うことが好きになったのはそれからですね。

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大学時代

もうカラオケに行きまくっていました。
歌う度にどんどん学ぶことがあり、変化が楽しかったです。

そんな中で気が付くと聴いてくれる人に何かを表現したくて歌うという姿勢が出来ていました。
上手く聴き手に何かを与えられたような気がした時に嬉しさを感じるようになっていました。

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ニコニコ動画 歌い手時代

ボーカロイドにハマり、それまで聴いていた曲を大きく上回る高音域の曲を歌いたくなりました。
ニコニコ動画の歌い手さんの中にはそんな高音域の曲を見事に歌いこなす方もいて、とても憧れを抱いていました。

そうして、当時の僕には正直厳しいレベルの曲ではありましたが、何とか歌って録音して動画を投稿することで歌い手デビューをしました。
コメントが付くとめちゃくちゃ嬉しかったのを覚えています。

それからしばらくの間歌い手活動を続ける内に出せる音域は多少広がって行きましたが、ある大事な感情が薄れていきました。

それは聴き手に何かを伝えることの喜びです。
高音でも上手に音程をとって歌い切ることが目的に変わっていってしまっていたのです。

それでも褒めて聴いてくれる方々はいました。
その方々にも僕の本当の胸の内を表に出した歌を届けたいのに上手くできないという葛藤がありました。

そうこうしている内に、時間が作れなくなったことを言い訳に活動は途絶えさせてしまいました。

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社会人~現在に至るまで

僕にとって歌はそれだけの理由でやめられる程軽い存在ではありませんでした。

もっと自由に歌えるようになりたいと思うようになりました。
目標とする歌声を見つけては真似してみたり、色々試しました。

その結果、新しい発声の仕方が見つかり一歩前に進めました。
それでもまだ歌う上で不自由に感じる場面があり、課題は山積していました。

そしてボイストレーニングの力を頼ってみようと思うようになりました。

それまで僕はボイストレーニングをすると個性がなくなってしまうのではないかと思い敬遠してきました。
そんな不安はボイストレーナーの先生の一言で簡単に吹き飛びました。

ボイストレーニングで無くなる個性なんて個性じゃないですよ」

確かに。
色んなことが出来るようになることで、初めて自分がこうしたいと持っていたイメージを表現できるんだとすんなり腑に落ちました。

潜在的に持っている個性もそれを実現する技術がないから埋もれさせている可能性もあります。
勿体無い、なんだもっとできることがあったんじゃないか。

それからは成長のスピードが明らかに上がりました。
上手くいかないことを上手くいくように説明できる人に助けてもらえる環境ができたので当たり前ですね。

仕事のことで悩む時期に入り、歌のモチベーションが保てなくなりボイストレーニングに通い続けることは出来なくなってしまうこともありましたが、教わったことを個人で繰り返し練習することはできたので成長を続けられています。

そして、以前よりもイメージをより多く外に出せるようになった今、また人に歌を聴いてもらえるように改めて活動していきたいと思うようになりました。
これまでの経験から分かっていることは、きっとまた成長できるということ。

僕にとって歌を聴いてもらうことは楽しいし、成長できる本当に嬉しいことなんです。
これは一人で歌って上手くなっていく達成感とは違う形の幸せだと思います。

人によってこの対象は歌以外に色々あると思いますが、こういった大事な存在を遠い昔持っていた記憶がある方は、ちょっと思い出して手を出してみるといい化学変化が起こるかもしれませんね。

これから見つけるかもしれない方は見つけた瞬間は大したものに思えなくても、結構人生を支えてくれる程の力を持ったものかもしれませんので、ちょっと大事に向き合ってみて下さい。

ではでは!

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